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<title>弁護士坂田真吾の法律日記</title>
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<title>雨と虹</title>
<description> 　　昨日は、早朝から雷雨が響き、かと思うと時折陽光が指す、破天荒な一日であった。　　囲碁棋士の藤沢秀行が、昨日、亡くなった。享年８３歳という。　　早すぎるとは言えない死であるが、藤沢を書物でしか知らない私のような者にとっても、大きな寂寥感が拭い難い。　　各新聞の一面のコラムで、その死を惜しむ文章が掲載されている。　　　　「型破りは賭け事にとどまらない。将棋の米長邦雄名誉棋聖がまだ若いころ、米長夫人
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<![CDATA[ 　　昨日は、早朝から雷雨が響き、かと思うと時折陽光が指す、破天荒な一日であった。<br />　　囲碁棋士の藤沢秀行が、昨日、亡くなった。享年８３歳という。<br />　　早すぎるとは言えない死であるが、藤沢を書物でしか知らない私のような者にとっても、大きな寂寥感が拭い難い。<br />　　各新聞の一面のコラムで、その死を惜しむ文章が掲載されている。　　<br />　　「型破りは賭け事にとどまらない。将棋の米長邦雄名誉棋聖がまだ若いころ、米長夫人が藤沢夫人を訪ね、『うちの主人は週に５日帰ってこないのですが・・』と相談したという。藤沢夫人の答えていわく、『うちは３年、帰りませんでした』」「事業に失敗して借金の山を築いた。並ぶ者なき棋聖戦６連覇の偉業は高利貸しに追われ、自宅を競売にかけられる修羅のなかで成し遂げられている。『最善手を求めて命を削っているから、借金も女も怖くない』と語った。」「きのう、訃報に接した。享年８３。誰よりもめちゃくちゃで、誰からも愛されて、誰よりも強かった。こういう人はもう現れないだろう」（読売新聞　５月９日朝刊　編集手帳）。<br />　　「囲碁にうといわが耳にも、その天才と、破天荒な人となりは聞こえていた。石も置けぬほど酔っぱらって対局したこともある。『飲む以上は、わけが分からなくなるまで飲む』。好きな漢詩の教えを守ったまでと、自著『勝負と芸』（岩波新書）に書いてある。」「囲碁への精進も一通りではなかった。歩きながら考えに考え、塀や電柱にぶつかるのは毎度のこと。ホームの端に気づかず線路に落ちたこともあると、これは親交のあった作家の故・中野孝次さんが書き残している」「がんを乗り越えて６６歳で輝いた『王座』のタイトルを翌年防衛し、最高齢記録を残した。『棋士は死す迄遠く果てしない曠野をさ迷える者』。好んだ詩文どおりに歩み、いままた雲上で碁敵を探しているだろうか。」（朝日新聞　５月９日朝刊　天声人語）。<br /><br />　私は碁をルール程度しか知らないが、ここ１年ほど、囲碁、将棋の棋士の本が面白くて、読みあさっている。古本屋で藤沢と米長の対談集を買ってきたのがきっかけである（以前、本ブログでも紹介したことがある）。<br />　対談では囲碁、将棋の議論を通じて、両人の人生哲学談義が、まるで酒場で話しているかのように、延々と続く。藤沢は、碁だけでなく、酒、賭け事、女、とにかくスケールが大きく、まるで明治時代の豪傑のようで、とても現代に生きている人とは思えなかった。<br />　藤沢は、人間にはわからないことが多すぎるのだから、ちょっと偉くなったからといって偉そうな顔をする者を嫌った。あるとき、親交の深い将棋の棋士と、囲碁、将棋の全てを１００としたら、自分がどれくらいをわかっているか思うかという話しとなり、お互い紙に書いて見せ合った。藤沢は５か６、その将棋棋士は４と書いてあり、これを見て藤沢は自分は思い上がっていたと反省した、というのは有名なエピソードである。<br />　藤沢の言葉からは、物事に取り組むときの、大胆かつ真摯な姿勢が感じられる。加えて、藤沢一流の軽妙で、どことなくコミカルな言い回しが何とも魅力的である。「例えば俺が、北条氏康なら、小田原城の総攻撃を受ける前に、豊臣秀吉をひねりつぶしていると思うよ。もし由井正雪が藤沢秀行であれば、絶対、徳川幕府を倒していると思うんだよ。それくらの気概でなければだめだよ、人生は。何をぬかすかってんだ。」（「勝負の世界２」　毎日コミュニケーションズ）。<br />　藤沢は、漢詩や書道を好んだ。対談では、安政の大獄で処刑された頼三樹三郎の次の詩が特に好きであるとして紹介されている。<br />　　　当年の意気、雲を凌がんと欲す<br />　　  快馬、東に馳せて、山を見ず<br />　　　今日危途　春雨冷ややかなり<br />　　　鑑車　夢を揺るがして　函関を過ぐ<br />　　<br />　　頼三樹三郎が遊学のために江戸に東行し、箱根の関所を越えた際の雲を凌ぐような勢いの心境と、囚われの身となって箱根の関所を越えるときの心境が描かれているとのことである。<br />　藤沢には、意気揚々と覇気を示す一面と、人生の辛酸をなめ、諦観にとらわれる一面が同居していたように思う。しかし、両面を持ちつつ、本来的に、藤沢は、陽の人である。<br />　藤沢は、多くの人から愛されたと思う。それだけでなく、藤沢の言葉の端々からは、人間という存在に対する深い愛が感じられる。人間は小さく、一生を賭けても、小さな碁盤の陣取り合戦さえ極められない。それでも人は悩み、考え、酒を飲み、ときに幸福を感じる。藤沢は、そんな人間というものが、愛しくてしょうがなかったのではないかと思う。<br />　囲碁に芸、人生を見、人生を賭けて精進を重ね、たくさんの人を魅了し、藤沢は去っていった。<br />　昨日は、雷雨の後、夕刻、空に鮮やかな虹が現れた。　<br />　天が、藤沢の生を象徴し、これをはなむけとして藤沢を送り出したのではないか。そう思えてならない。<br /> ]]>
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<dc:date>2009-05-09T23:54:12+09:00</dc:date>
<dc:creator>弁護士　坂田真吾</dc:creator>
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<title>ハングリー精神</title>
<description> 　本日の日経新聞の夕刊１面のコラムで、「何が学力低下を招いたのか」というタイトルで、経済学者が自論を展開していた。曰く、巷で言われるゆとり教育のせいではなく、バブル経済期の「負の遺産」すなわち、汗済垂らして働くのではなく、頭を使って金儲けをする時代の風潮が原因であり、努力、勤勉、誠実、創意などの日本古来の徳目が全否定されてしまったからであるという。　今、自分の周りを見渡してみて、ハングリーに自分を
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<![CDATA[ 　本日の日経新聞の夕刊１面のコラムで、「何が学力低下を招いたのか」というタイトルで、経済学者が自論を展開していた。曰く、巷で言われるゆとり教育のせいではなく、バブル経済期の「負の遺産」すなわち、汗済垂らして働くのではなく、頭を使って金儲けをする時代の風潮が原因であり、努力、勤勉、誠実、創意などの日本古来の徳目が全否定されてしまったからであるという。<br />　今、自分の周りを見渡してみて、ハングリーに自分を成長させよう、成長させる機会を得ようとしている人間は、率直にいって、ほとんどいないと思う。<br />　比較の対象は、たとえば、明治初期に欧州に近代国家樹立のため留学した青年達や、今で言うとアジア圏の留学生である。<br />　無論、すべての人が、ハングリーに努力する社会などあり得ない。しかし、社会の一定割合の人間は、徹底的に努力をしなければならない。本来であれば、私の年代には、そのような人間が多くいてよいはずだ。しかし、見当たらない。<br />　それでは自分自身、人に恥じない努力をしているかと言われると、まだまだであると言わざるを得ない。<br />　一日一日が勝負であると考え、前に進みたいと思う。 ]]>
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<dc:subject>未分類</dc:subject>
<dc:date>2009-04-08T22:09:02+09:00</dc:date>
<dc:creator>弁護士　坂田真吾</dc:creator>
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<title>見えないものを見る</title>
<description> 　この仕事の醍醐味の一つは、人が見えていないものを見つけることにあると思っている。　たとえば、訴訟案件で、当方の依頼者が、自分で経験した事実を失念してしまっていることがある。　依頼者は、自ら決定的と思う証拠や事実に安心、拘泥したり、また、相手への攻撃感情等で心が一杯になってしまい、依頼者にとって真に有利な事情が、誰にも見えていないということがままある。　このような場合、かかる事情に気がつかずに訴訟
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<![CDATA[ 　この仕事の醍醐味の一つは、人が見えていないものを見つけることにあると思っている。<br />　たとえば、訴訟案件で、当方の依頼者が、自分で経験した事実を失念してしまっていることがある。<br />　依頼者は、自ら決定的と思う証拠や事実に安心、拘泥したり、また、相手への攻撃感情等で心が一杯になってしまい、依頼者にとって真に有利な事情が、誰にも見えていないということがままある。<br />　このような場合、かかる事情に気がつかずに訴訟が終結するとどうなるか。依頼者の主観では有利な事情、証拠は、必ずしも相手方の反論に耐えうるものではないかも知れない。そのような場合は、敗訴してしまう。<br />　かかるケースで、練達した弁護士がついた場合、依頼者が説明する以上に、依頼者にとって有利な事情があるのではないかと常に意識を持っている。事案の経緯について、「まずＡがあって、次にＢが起きて、結局Ｄとなった」と説明を受けた場合、「Ｃという事実はなかったのか」と想像し、依頼者に質問をし、また、Ｃの存否を裏付けるべくこれと矛盾ないし整合する事実、証拠の有無を精査する。このような思考、ヒアリング、調査等の結果、真に有利な事実、証拠が出てくるケースが相当にあるのである。<br />　先日、ある若手弁護士が、事故と後遺症状の因果関係が問題となる交通事故のケースで、カルテと保険会社の医療アジャスターの意見書を見て、同アジャスターの見解を鵜呑みにしていたということがあった。カルテを虚心坦懐に眺めれば、アジャスターの見解について、少なくともいくつかの疑問点が生じ、それをアジャスターにぶつけてみなければならないはずの事案であった。その若手弁護士は、それなりに資料を精査していたが、医療アジャスターという権威に疑いを持つことができていなかった。<br />　私は、事案を処理するとき、常に不安な気持ちを２割程度持つことにしている。自分がいくら精査したと思っても、まだ見つけられていない事実、証拠等があるのではないかという恐怖を抱いている。そうすると、不思議なことに、休日などに、「ぽっ」と、疑問、推測がわき出てくるのである。<br />　神ではないので、すべてを見通すことは不可能であるが、そのような心構えをもち、実際に他人が見えていないものをみつけられたときには、充実感を感じる。 ]]>
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<dc:subject>未分類</dc:subject>
<dc:date>2009-02-08T00:46:37+09:00</dc:date>
<dc:creator>弁護士　坂田真吾</dc:creator>
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<title>私の司法制度改革論（１）</title>
<description> 　昨日は、夜遅くまで裁判官や弁護士とお酒を飲み、いろいろと仕事の話をした。　司法の現場にいる者として、私は、現在の司法システムは、いくつかの点で社会の病理現象を適切に解決するシステムとなっていないと感じる。近年、司法制度改革論が盛んになり、もろもろの変革が行われているが、十分とは思っていない（改革に関係する方たちも、十分とは言っていないだろう）。　現状の司法制度改革の是非はさておき、ちょっと違った
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<![CDATA[ 　昨日は、夜遅くまで裁判官や弁護士とお酒を飲み、いろいろと仕事の話をした。<br />　司法の現場にいる者として、私は、現在の司法システムは、いくつかの点で社会の病理現象を適切に解決するシステムとなっていないと感じる。近年、司法制度改革論が盛んになり、もろもろの変革が行われているが、十分とは思っていない（改革に関係する方たちも、十分とは言っていないだろう）。<br />　現状の司法制度改革の是非はさておき、ちょっと違った角度で、私が改革が必要だと思っている事項を列挙してみたい。なお、既に他の方が述べておられる事項も多々あり、私の独創というわけでは全くない。<br /><br />第１  裁判制度に関するもの<br />  １　迅速な裁判手続<br />  　　裁判は何年もかかることが多いが、そのなかには、本気で審理すれば、数時間程度、関係者の話を聞き、関係書類をながめれば、おおよその争点、落としどころ（どちらにどの程度分があるか）がわかり、８割方解決の見通しがたってしまう案件が相当多数ある。そのような紛争について、なぜ、何年もかかって裁判をしなければならないのか。しかも、その「裁判」とは、１月に１回程度、当初は言い分をまとめた書面を確認する数分間のやりとりだけの期日を何回もかさね、訴訟提起から１年間ほど経過して、ようやく関係者の話を生で聞く（証人尋問）というもの。厳格な検証はなされると思うが、いかにも「重い」場合があるのではないか。<br />  　　一方で、正式な裁判手続ではない「仮処分」や、「労働審判」といった手続では、裁判所の一定の強制力のもと、相当に迅速な審理を行っている。複雑な事案でも数週間程度で一定の結論が出される。このシステムを、他の民事事件でも利用できるようにすべきであると思う。<br />  ２  懲罰的損害賠償<br />  　　これは古くから議論の対象となっている。簡単に言うと、現行制度では、民事の損害賠償では、賠償の範囲は実際の損害分のみであって、懲罰的に上積みすることはできないというもの。たとえば１００万円の損害を与えたら、１００万円の賠償をすればよく、２００万円の賠償をする必要はない。<br />  　　しかし、与えた損害分のみを賠償すればよいというのでは、結果として「やり得」になることがままある。マスコミによる名誉毀損等でよく問題になる（数百万円程度の慰謝料等を支払えばよいということだと、センセーショナルな記事を書いて売り上げを伸ばす方が経済的には得であるともいえる）。そのような行為者に対して被害者の納得する十分な制裁、行為前の心理的抵抗を与えるために、懲罰的損害賠償は必要と思う。<br />  ３　ディスカバリー<br />  　　これも、従前から導入が議論されている。<br />  　　民事事件では、相手方の証拠を強制的に開示させる制度はない。そのため、真実発見がおざなりになる場合がある（相手のもとに、相手にとって決定的に不利な証拠がある場合、これを隠されてしまうと、結果として当方が敗訴してしまう場合がある）。<br />  　　アメリカではディスカバリーという制度があり、相手方の証拠を包括的に見ることができると聞く。一定の限度で、導入をするべきではないか（なお、近時の判例を見ていると、相当程度にディスカバリー的要素を持ち、真実発見に使えそうなものが出されており、これらの判例をまとめて研究して実務に役立てられるように論点を網羅し、書式化等すれば面白いと思う）。<br />  <br />  ４  財産開示制度<br />  　　不当に財産を隠す人間はごまんといる。<br />  　　Ａという人間に対する裁判所の（確定）判決がある場合には、Ａのプライバシーにも配慮した一定の要件のもと、Ａの①全金融機関の預金口座、②全国の不動産について、調べることのできるシステムが必要と考えている。無論、調査後には強制執行する。<br />  　　たとえばＡが死亡した後、Ａの相続人は、Ａ名義の口座等をあまねく調査できる（「名寄せ」という。）。Ａの債権者（として裁判所が認めた者）が、そのような調査ができないとする理由はない。<br />  　　この仕事をしていると、財産隠しをする人間がいかに多いか、うんざりすることがある。どうせ隠されてわからないから、という理由で、泣き寝入りする方も非常に多い。不正義が横行している。現状は、速やかに改善されるべきと思う（民事執行法には財産開示手続というものがあるが、実際に「名寄せ」を行うわけではなく、ただ債務者が「これこれの財産があります」と述べるだけであり、過料の制裁程度はあるものの、実効性は望めない）。<br />  　　このようなことをいうと、結局はその網をくぐり抜ける手段が出てくる（最初から第三者の名義にしておく）という反論がありえるが、それはそれとして対処するべきであるというだけの話ではないか。<br />  　　なお、私は、現在、ある判例をもちいて、上記目的を一定程度達成するメソッドを構築できないか、研究、実践中である。<br /> ]]>
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<dc:date>2009-01-30T00:08:07+09:00</dc:date>
<dc:creator>弁護士　坂田真吾</dc:creator>
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<title>スティーブ・ジョブズ</title>
<description> 「スティーブ・ジョブズ　神の交渉力」（竹内一正著　経済界、２００８）という本を読んだ。アップルの創業者である。　あまりよく知らなかったのだが、相当アグレッシブな人物のようだ。経歴を見ると、１９５５年生まれ、１９７６年アップル創業、１９８０年株式公開、１９８４年マッキントッシュ発売、１９８５年アップルから追放される、１９８６年ジョージ・ルーカスからピクサー買収、１９９５年「トイ・ストーリー」大ヒット
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<![CDATA[ <br />「スティーブ・ジョブズ　神の交渉力」（竹内一正著　経済界、２００８）という本を読んだ。アップルの創業者である。<br /><br />　あまりよく知らなかったのだが、相当アグレッシブな人物のようだ。経歴を見ると、１９５５年生まれ、１９７６年アップル創業、１９８０年株式公開、１９８４年マッキントッシュ発売、１９８５年アップルから追放される、１９８６年ジョージ・ルーカスからピクサー買収、１９９５年「トイ・ストーリー」大ヒット、１９９６年アップルに特別顧問として復帰、１９９８iMac発売、２００１年iPod発売等とある。コンピュータ業界と映画業界を席捲している。<br />　　<br />　この本の著者は、ジョブズを織田信長のアナロジーで語っているように思える。パワフルで、スピード感覚があって、独断的で、従来の慣習や他人との軋轢を全くおそれないリーダー。本に紹介された、人を人とも思わない数々のエピソードは、読んでいていささかうんざりさせられる（他人の手柄を自分のもののようにする、会社に長年貢献した人間を気分で次々に首にする等々）。<br /><br />　好き嫌いの問題は別にして、すごいと思うのは、徹底していることである。自分の判断しか信じていないように見える。<br /><br />　法律家は、周囲とのバランスとか、世の中の常識に配慮を失ってはならないが、一方で、最終的には自分の判断しか信じてはいけない。当然の前提や、相場にとらわれていては、並みの仕事しかできない。<br />　現在、いくつか、従前は他の弁護士が担当しており依頼者が満足しなくて私の所に来た案件を扱っているが、そのような事案で、前の弁護士が調査、発見できなかった事実関係を発見したり、あらたな（かつ当方に有利な）法的主張の提示を行い、それが判決や和解等の具体的結果に結びつくと、依頼者が大変に満足してくれる。ここで重要なのは、自分しか信じずに、その案件に食らいつく気迫と技術と感覚である。<br />　<br />　おそらく、ジョブズには賛否両論あるのだろうが、極めて高度の感覚がある人であることは、周囲も認めざるを得ないのであろう。そういう人物とあうと、自然と刺激を受けることが多く、周囲の人も自らの力を発揮しやすいのであろう。自分の周りにもそんな人がいて欲しいし（そんなに多くなくていいが・・）、自分が誰かにとってそのような存在であることができるならとても幸いなことである。 ]]>
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<dc:date>2009-01-12T23:30:31+09:00</dc:date>
<dc:creator>弁護士　坂田真吾</dc:creator>
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